東京高等裁判所 昭和24年(行ナ)12号 判決
原告 株式会社ミツワイ
被告 特許庁長官
一、主 文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、請求の趣旨
原告訴訟代理人は、「特許廳が昭和二十四年抗告審判第三二号事件につき、同年四月二十五日爲した審決はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。
三、事 実
訴外吉田政雄は、可塑性物質より成るカール止器の発明につき、昭和二十二年三月十五日特許局に特許出願(昭和二十二年特許願第一五五〇号)を爲し、同年九月二十八日右特許を受ける権利を同人と訴外山野チヱ及び山埜治一との共有に移し、同月二十九日出願人名義の変更届出をしたが、右三名は昭和二十三年六月三十日実用新案法第五條に基き右特許出願を実用新案登録出願に変更(昭和二十三年実用新案登録願第一〇〇八五号)した上、更に同年八月一日その登録を受ける権利を原告に讓渡し、翌日出願人名義の変更手続をおわしたのである。ところで右考案の要旨は「特に部厚く短い基版の中央部の両側面をぼう大し、裂孔を具え且つ外方向に同等に彎曲させた殊に比較的長くした彈片を数対列設し、その彈片間の前後端に間隙を形成して、長い毛髪を数回卷いて、その先端で頭髪に挿込むようにすることを特徴とした可塑物製アツプコームの構造」にあるところ、該出願に対し、昭和二十四年二月七日拒絶の査定が爲されたので、原告は同月十四日これを不服として抗告審判の請求(同年抗告審判第三二号)に及んだのであるが、抗告審判においても同年四月二十三日昭和九年実用新案出願公告第九〇三五号公報の記載を引用し、本願はこれと類似の考案に属し、実用新案法第三條第二号に該当し新規性を有せず、從つて同法第一條の登録要件を具備しないものであるとして、抗告審判の請求は成立たないとの審決を爲し、その審決書謄本は同月二十七日原告に送達せられた。しかしながら、右審決の引用にかゝる実用新案は「毛止峰に扁平條を以て紡錘状透孔を形成したる多数の毛止脚を並列定着して成る毛止において、その各毛止脚の中部を極薄となし、且つ極薄部の側面を紡錘状となしたる構造」を要旨とし、美容上からして全体を細い針金製とし、横に特に長い條片から形成されて毛止脚の短い所謂ほつれ毛止と云うべきもので專ら後れ毛を止める作用を主眼とするものに過ぎないが、本件考案の要旨とするところは、前記の如く部厚く且つ短い基版に比較的長い彈片を具え、長い髪を数回卷きつけてその根本近くで頭髪に挿込む点にあつて、これにより毛髪のリングの大小に應じて自動的に調整し、適確にこれを挾止することができ、結髪操作を非常に容易ならしめるもので、両者は結髪上異つた作用を目的とする別箇の実用的型である。又本件考案が素材に合成樹脂又はセルロイド等の可塑物を使用する点も、その製作を容易且つ安價ならしめる丈でなく、前記構造と結合して著しく結髪能率を高める実用的効果があるので、本件の考案と引用の実用新案とは、要するにその考案の要旨及び実用的効果において大なる逕庭があり、実用的型を全く異にするものであるから、本件を以て新規の考案と爲すに何等妨げなきところである。しかるに以上の差異を無視して両者が類似の考案に属するものとの認定の下に爲された審決は不当であるから、これが取消を求める爲め、本訴に及んだ次第である。
被告指定代理人は原告の請求を棄却する判決を求め、答弁として、「本件審決に至るまでの原告主張の経過事実はすべてこれを認めるが、本件考案は到底新規性のあるものということはできない。すなわちこれを原審決引用の実用新案と対比するに、技術的見地から考察すれば、頭髪用具としての両者の構造は全く類似のものという外はない。たとえ毛止脚に長短の差があり、あるいは基版の全長に多少の差異があるとしても、それは要するに程度の問題であつて、容易に変更しうるところであるから、この点は型の類似性を判断する上にさして重要な意義を有するものではない。又原告の主張する如く本件考案が髪を卷き止めることを目的とし、引用例が毛を止めるものであるとしても、右考案の目的ないし用途は引用例の單なる轉用によつて当業者のたやすく爲しうるところであり、あえて新なる工夫を要しない。原告は更に引用例の毛止は細い針金製のものであり、本件考案は素材に可塑物を使用して結髪能率を高める作用を有すると主張するが、引用例はその出願公告において別段これが材料を細針金に限定しているわけではなく、從つて可塑物を使用することも何等本件考案の特色を爲すべきものではない。これを要するに本件考案は引用例の周知考案に多少の改変を施した類似のものにすぎないから、本件審決は正当で、原告の請求は理由がない。」と述べた。(立証省略)
四、理 由
原告主張の経過をたどり原告が出頭名義人となつたその主張の可塑物製アツプコームの構造に関する実用新案登録出願につき、原告主張の日拒絶の査定が爲されたので、原告はこれを不服として抗告審判の請求に及んだところ、右審判において本件考案は昭和九年実用新案出願公告第九〇三五号公報に記載された周知考案に類似し、新規性を有しないとの理由の下に、右請求を排斥する審決が爲されたことは本件当事者間に爭がない。
そこで本件考案が、右審決の引用する実用新案とは何等類似せざる新規別異の考案といいうるものであるか否かにつき判断する。原告の主張によれば、本件考案の要旨は「特に部厚く短い基版に中央部の両側面をぼう大し、裂孔を具え且つ外方向に同等に彎曲させた特に比較的長くした彈片を数対列設し、その彈片間の前後端に間隙を形成して、長い毛髪を数回卷いて、その先端で頭髪に挿込むようにすることを特徴とする可塑物製アツプコームの構造」であつて、引例の実用新案は、「毛止峰に扁平條を以て紡錘状透孔を形成したる多数の毛止脚を並列定着して成る毛止において、その各毛止脚の中部を極薄となし、且つ極薄部の側面を紡錘状となしたる構造」をその考案の要旨とすることは、成立に爭のない甲第一号証により明らかであるところ、この両者を対比するに、(一)前者のいわゆる基版は後者の毛止峰に該当し、前者の「中央部の両側面をぼう大し裂孔を具え且つ外方向に同等に彎曲させた彈片」というは正に後者の「扁平條を以て紡錘状透孔を形成したる毛止脚」とあるに相当し、いずれもかかる同種形状の裂孔若しくは透孔を有することによつて彈力性を與えられ、よつて頭髪を挾止するに便ならしめたものと認められる。そして両者は右基版ないし毛止峰にかゝる彈片若くは毛止脚を数個並列して成る構造を考案の主要部分とする点において共通である。(二)又両者いずれも頭髪用具として毛髪を挾止する作用を有する点においても異るところはない。それ故両者は考案の技術的見地よりすれば、その着想を同じくし、同種の効果を目的とする同一若くは類似の構造を有するものと認める外はないのである。もつとも本件考案では別に彈片を薄くする旨掲げてないのに反し、引例においては毛止脚の中部を極薄とする旨記載してある。しかし証人木村秀吉の証言によれば右は毛止脚の彈力性を増大する爲めに外ならぬこと明らかであるから、その彈力性を害せざる限り厚薄の度合は適宜これを加減しうべく從つてこの点は両考案の類似性を断ずる上に妨げとなるものではない。なお本件考案において彈片は比較的に長く基版は短くしたのに対し、甲第一号証の図面によれば引例の毛止脚は多少短く毛止峰は長目であるけれども、これ等長短は当業者が製作に当りたやすく改変しうる範囲を出でないと認められ、本件のものが材料に合成樹脂又はセルロイド等の可塑物を使用することも、一般頭髪用具が多くセルロイド製であることを思えば、これにつき何等特別の工夫を要するものとは爲し難い、原告は更に引例のものは主として後れ毛を止めるものに過ぎないが、本件考案にかゝるものは髪を卷き止めるに適し、その結髪上の作用効果においてあたかも格段の差異がある如く主張するけれども、原告の挙げる証拠によつては両者は程度の差こそあれ、全然その効果を異別にするとは認め難いのみならず、用途効果の上におけるかゝる程度の差異は引例の單なる轉用により、当業者が容易に案出しうるものと認むべきであろう。
以上説示の如く、本件考案は結局周知にかゝる引例の実用新案と類似し、何等新規性を有せざるものという外はないので、実用新案法第一條に規定する登録要件を具備するものではなく、これと同一趣旨の認定に基く本件審決の取消を求める原告の請求は失当につき、これを棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九條を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 大江保直 梅原松次郎 奧野利一)